Story 4

文京学院が教えてくれた、私らしくしなやかに生きることの大切さ。

海外研修で思い知らされた英語の実力。

 何にでも挑戦できる環境は、若い可能性の扉を開く土台になってくれると思います。まさに文京学院がチャレンジングフィールドで、生徒一人ひとりが自分の好きなことや興味のある分野に打ち込んでいました。また、様々な経験を通じて、自分の実力や"伸びしろ"に気づかせてくれたのも文京学院での学びでした。
 私は、小さい頃から英会話教室に通っていたこともあり、英語には自信がありました。しかし、その自負は中学3年生の時に参加したニュージーランド海外研修で見事に打ち砕かれました。ネイティブの英語が聞き取れず、私からは簡単な挨拶ぐらいしか返すことができなかったのです。とても落ち込みましたが、それからは心機一転、猛勉強。再び英語圏の国を訪れるときには、同じ思いはすまいと誓ったのです。高校では英語コースに所属していましたが、英語の授業は1週間に10コマ(コマ:授業の数)ほどあり、そのうちの英会話は外国人の先生が担当されていました。他にも大学受験対策用の授業も組まれていたので、英語好きの私にとっては最高の環境でした。

被災地での出会いが記者を志すきっかけに。

 文京学院在学中の6年間は、将来の職業として「記者」を意識したことはありませんでした。そんな私が報道の道を志すようになったきっかけは、東日本大震災です。被災地をこの目で見たくて、宮城県を訪れたのですが、偶然知り合った高齢男性が「私は妻を津波で亡くしたが、取材に来てくれた記者が話をきいてくれて気持ちがだいぶ楽になった。本当に感謝している」と涙ながらに話されたのです。そんな姿に接し、私も記者になりたいと強く思うようになりました。
 入社1年目は、赴任地である静岡県内の警察関連事案(事故、殺人などの凶悪事件)と高校野球や社会人野球などのスポーツ取材を担当しました。事件が起きれば昼夜問わず、すぐに現場に駆け付けなければなりません。仕事は、長時間にわたることも少なくありません。2年目となる今年は、自分なりのテーマを持ち、働く女性が直面する課題や関連する社会問題を見つけて取材したいと思っています。それには記者を目指すことになったもう一つの理由が関係しています。

“自立して輝ける女性に”文京学院の教え。

 中学・高校在学中には感じたことがなかったものの、大学に入ってからしばしば違和感を抱いたことにジェンダー(社会的・文化的な性差)があります。「男性だから・女性だから」「こうあるべき」とほのめかされたり、面と向かって言われたりすることがありました。文京学院には、創立者である島田依史子先生の「自立して生きていけるような女性になりなさい」という教えが脈々と息づいています。私も高校3年間、正委員(学級委員)を務めたことでリーダーシップが身につき、卒業後も女子だからと臆することなく自分のやりたいことに果敢に挑戦してきました。友人や後輩たちも周囲に流されずに、自分の目標に向かって突き進んでいました。女性も男性も分け隔てられることなく、持てる能力や個性を発揮し活躍できる社会に向けて、女性記者ならではの視点で問題点を切り取り、記事を通じて、解決に向けた一石を投じていきたいと思っています。


文京学院在学時のY. F.さん

Y. F.

プロフィール
文京学院大学女子中学校、同高等学校(英語コース)卒業。大学(国際日本学部)卒業〜米国短期留学を経て、現在、大手新聞社に記者として勤務。

PAGE TOP